【信长淫望】(卷二武士魔霸主の天下布种)第十八章:若众阿弥众 (第10/10页)
6年),出仕停止的利家擅自参加桶狭间合战,朝之 合战斩敌首级,本战斩敌首2级,合计斩敌3首级立功,位列榜首。 永禄四年(西元56年),利家再次擅自参加与斋藤义龙的森部合战, 斩杀敌首2级,其中之一是斋藤家重臣下野守日比野清实旗下猛将,号称「颈取 足立」的足立六兵卫。至此,信长终于允许利家回归,俸禄由贯升至45 贯。之后利家追随信长南征北战,在本能寺之变后先后出仕丰臣秀吉、德川家 康,最后成为加賀藩主前田氏之祖。 ~●信长淫望の天下布种·第十种·射—→【免疫】 ~●信长淫望の天下布种·第十一种·射—→【免疫】 —∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞— 信长淫望【卷二·武士·魔霸主の天下布种】 第十八章:若众·阿弥众———————————小姓·爱智拾阿弥【完】 —∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞— :一向宗门的仏典,可以把比丘尼和小沙弥训练成各 种对象,时如天女般端庄;时如辻君般放荡;时如怨妇般痴绵,以仏子之身,幻 化万千。 「同朋众」:指没有血缘,却有着义理上关系的亲属。 「尻兄弟」:和同个男人建立同性恋关系的若众的称谓。 「阿弥众」:又称「御坊主众」。由寺僧所训练的娈童,以艺能出仕大名, 实际上却是以身侍主,从而探听情报。 「殿寝(とのね)」:由神社宫司所训练的娈童,用以充当近侍。 —∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞—∞— ●爱智氏:信秀的侧室。出自尾张土豪爱智氏。在嫁入前就有个儿子爱智拾 阿弥。 ●爱智拾阿弥:母亲出自尾张土豪爱智氏,信秀的妾室之一,但拾阿弥却是 她未嫁之子,因此被母家送入寺院成为了一名「阿弥众」,最后出仕信长成为他 最宠爱的小姓。因为对信长配下的武将总是喜欢无端的嘲讽,因为被称为「毒舌 家」,后来在与前田利家发生口角而被杀。 ●前田又左卫门利家:荒子城主前田利昌第四子,自幼即是服侍信长的小姓, 幼名犬千代。后成为丰臣政权下五大老之一,加贺藩之祖。 里就说:利家以瘦高的美貌而闻名的,在小姓时就被信长 宠爱,也担任过众道的对手(細身の美貌で知られた利家は、小姓時代に信長か ら寵愛を受け、衆道の相手も務めていたことが) ●前田松:生父为篠原一元,其母竹野氏在丈夫战死后改嫁给高田直吉。因 此阿松被送到母亲的姐姐长龄院的夫家,被前田利家的父亲前田利昌收为养女, 与前田利家以兄妹的身份生活在一起,最后成为利家的妻子。她容姿美丽,开朗 喜欢交际,而且爱好读写书画,是和歌和武艺都兼备所长的小姐。在危难关头亦 能挺身而出,被誉为「女中豪杰」。「战国三夫人」之一。 ●簗田出羽守政纲:下忍·飨谈·若众。通称弥次右卫门。清洲有名的美少 年,出身微贱,先仲介那古野胜泰和信长夺取了清州城。在桶狭间之战前期,冒 充尾张土豪从今川义元处获得重要情报并传给信长,使信长作出奇袭的决定,因 此被认为有一番功而赐予三千贯并成为沓挂城城主。 :武衛様の家来に、簗田弥次右衛門という小身の者があった。 この簗田は、清洲の那古野弥五郎という人数三百余りを抱える若い大将と衆道 関係にあり、あるとき彼に「信長公へ通じて清洲を分裂させよう」ともちかけ た。さらに他の家老たちにも工作してみたところ、みな欲にかられて承諾した。 簗田は信長公のもとへ参上し、内々忠節の旨を言上した。信長公は御満足の様 子であった。そして言葉の通り、簗田は織田勢を清洲に引き入れ、城下を焼き 払って裸城にしてしまった。 信長公も出馬し、清洲の城に迫ったが、守備は 堅固で武衛様も城中にあったため城攻めは控え、以後乗っ取りの策を練ること に苦慮した。ともあれこの間の巧妙な立ち回りにより簗田は信長公に取り立て られた。 ●那古野弥五郎胜泰:斯波义统家臣,清洲有名的若众,有人数三百余若众 大将。因为爱慕信长而私通,最后和簗田政纲一起帮助信长夺取了清洲。
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